躑躅ヶ崎館
甲斐国府中、現在の甲府市に築かれた躑躅ヶ崎館は、武田信虎が1519年に居を移し、信玄の代まで武田家当主の館として使われた〔史実〕。 石垣を高く積んだ天守を構えず、堀と土塁に囲まれた館にとどまり続けたことから、信玄は生涯、大きな居城を築かなかった当主として語られる〔伝承〕。 「人は城、人は石垣、人は堀」の言葉も、この構えを物語る逸話として広く知られるが、いつ誰の言葉として記されたかは諸説ある〔諸説〕。 山のように動かぬ主が頼んだのは、石よりも、そこに集う人だったのかもしれない。
香りにするなら 苔むした土塁の湿った緑に、乾いた木の柱の温もり。奥にわずかな鉄と土の気配。 〔香りの表現は創作です〕